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大阪家庭裁判所 昭和45年(少)7621号 決定

主文

本件簡易送致に基づいては、

1  事案軽微を理由とする審判不開始決定を行わない。

2  調査・審判を開始しない。

送致機関は本件の再送致(通常送致)を検討されたい。

理由

1  本件は、窃盗の事案であるが、いわゆる簡易送致事件である。

2  窃盗の事案を簡易送致の手続によって処理しうるためには、その被害額が「おおむね五、〇〇〇円未満」であることが必要である(昭和四四・五・二七最高裁家三第一〇三号家庭局長通達、その他これに関連する最高検・警察庁の通達、大阪家裁・大阪地検・大阪府警本部の三者協議結果)。

3  これを本件についてみるに、検察官の送致書が引用している司法警察員の少年事件簡易送致書には、

「少年は、昭和四五年八月四日午前一時ごろ、当時の住込先であった○○市○○区○○町○○金属工業所事務室において、同社々長○○○○所有の印鑑一個(時価約二〇〇円相当)ほか五点を窃取したものである」とだけ記載されており、その記載内容のみにては本件窃盗の被害品や被害額が判然とせず、上記基準に照らして本件が果たして簡易送致の手続によって処理しうる事案であるかどうかの判定ができないものである。

しかしながら、当裁判所の関係資料送付要求に応じて送致機関から送付されてきた「被害届」一通の記載内容によると、

一、約束手形一通

額面 二、一〇六、一三〇円

振出人 ○○製螺製作所 ○○○

二、小切手用紙二枚

○○銀行○○○○支店発行のもの

額面の記入なし

振出人欄に「○○金属工業所○○○○」とのゴム印による記名があるが、その名下の捺印なし

三、TCBのクレジットカード一枚

有効期間 昭和四六年三月まで

四、ゴム印一個

「○○金属工業所○○○○」と刻したもの

時価約二〇〇円相当

五、自動車のエンジンキー一個

が本件窃盗の被害品であるとうかがわれるところ、特段の事情もないこととて、それらはいずれもそれ相応の経済的価値を有する約束手形・小切手用紙・クレジットカードなどであると認めるのが健全な社会通念や常識にも合致するものというべく、本件窃盗の被害額は「おおむね五、〇〇〇円未満」という前述の簡易送致許容基準を大幅に超えているものと推認するのが相当である。

果してそうであるとすれば、本件簡易送致は送致機関の基準外運用にわたる不適法なものであると断じなければならず(少年法四一条、四二条、少年審判規則八条二項参照)、これを受けた当裁判所としては、送致書の記載内容に対する形式的な書面審査のみに基づいて直ちに事案軽微を理由とする実体的な審判不開始決定を行うというような措置(適法な簡易送致の場合と同様の措置)はとりえないものといわなければならない。

4  ところで、当裁判所としては、上記の如き「被害届」一通のほかには送致機関から何らの証拠資料の送付も受けていないこととて、十分なる証拠資料に基かないで非行事実(蓋然性)を認定してしまうという暴挙を敢行するのでないかぎり、直ちに調査・審判など爾後の手続過程に入っていくことができないというべく、さりとて自ら進んで非行事実認定に関する証拠資料を収集していくというのであれば、捜査機関と類似の活動を余儀なくされる結果、非行事実認定に関する中立な判断者たるべき司法機関としての性格を著しく損うことになってしまうといわなければならない。

そこで、当裁判所のとるべき措置につきさらに検討を進めてみるに、このような不適法な簡易送致を維持したままの形式でこれ以上送致機関に対して関係証拠資料の追送を求めていくというのであれば、本件簡易送致の不適法なることをあいまいにしてしまうこととなり、ひいては、仮に簡易送致という形式を悪用してそれ相応の要保護少年であるにもかかわらずこれを家庭裁判所の調査・審判の場に登場せしめないでおこうとする送致機関の側の恣意的措置が行われた場合においてもこれを看破して適切に対処していくこともできなくなってしまう一般的状況を醸成していくことにもなりかねない(簡易送致手続の構造や運用の実態にはここにいうが如き危険性の孕まれていることを素直に承認してかかるのが賢明である)。結局のところ、ことここに至った以上は、本件のような不適法な簡易送致に基づいては調査・審判など爾後の手続過程に入っていくことは許されない旨を明確にしていくことこそが必要であると解される。

果してそうであるとすれば、本件簡易送致に基づいては調査・審判を開始しない旨の終局決定(少年法一、九条一項)を行うことが当裁判所のとるべき適切かつ相当な措置ではないかと思料される(本件少年に対する調査・審判などの実質的措置は、爾後における送致機関の再送致<通常送致>を待ってから考えていくべきことになる)。

5、およそ以上の如き次第であるから、ここに主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原宏武)

〈以下省略〉

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